60歳代 女性 離婚をして幸せを実感する事が出来ました。

離婚当時年齢33歳、女性。
結婚相手が、サラリーマンではなく、
個人飲食店の雇われマスターでした。
給与など生活していく上で不安定だった事もあり
周囲の反対が有りましたが、押し切り結婚。

結婚生活11年、小学生3年と保育園年長の子供がおりました。
私の方から、性格困窮と生計がままならず
夫婦生活も上手くいかず、夫の自由気ままな行動で
母子家庭状態が続く中で
子供にとってもいい環境では無い離婚の意思を伝えました。

離婚を切り出した時点では、強気で離婚同意の
意思も示していましたが、
その後4ヶ月間家庭内別居状態にあり
会話も一切なく、離婚用紙に記載も
拒否されていました。

強行突破で、子供と共に家を出る事にしましたが、
そこで、柔軟な態度に出て再度結婚生活を
やり直すと告げられましたが
生活困窮は、改善されると言う保証もなく
離婚の意思を貫きました。

それでも、やり直せるならと
同意して貰えず、父親と姉に同席して貰い
離婚用紙にサインをしてもらう運びになりました。
しかし、往生際が悪く、1時間~2時間と時間がすぐるばかり
床に頭を擦り付け涙する態度には
呆れ情け無いと感じました。

サインのペンと押印する迄、3時間が過ぎた頃
諦めの境地に入ったのか、
渋々サインをしました。

親権問題の話になり、長女だけを引き取りたいと
言われ、次女は乳幼児の頃から
体が弱く、風邪をひいては肺炎にかかるなど
入退院を繰り返していて、手が掛かると
云う理由でした。

私は、子供を手放す事など
微塵も思っておらず拒否し
養育費と親権について
調停を申し立てる決意をしておりました。

養育費も、相場で給与から大まかに
算出された額は、一名2万円でした。
暴力を恐れ、其々別の場所で話し合いが行われ
調停員が、双方の部屋を行き来し
かなり面倒な数ヶ月が経過しました。
調停員も、2万円から1、5千円と養育費を
下げていく中で、このままで話し合いを重ねても
五千円に迄下がる事を予期し
1万円と云う額で承諾。
親権も、姉妹離散する事なく
母親が育てる事が良いとし
説得して閉調となりました。

離婚に際しては、一切の後悔は有りません。
大袈裟かもしれませんが、
幸せ感が溢れ出した記憶が強く残っています。
但し、子供には大人の身勝手でと
申し訳ない気持ちが有りました。

離婚を決意するには、相当の葛藤
離婚後の生活の不安、心配は
必ずしも付きまといますが、
結婚生活で精神的に追い詰められたり
ストレスを感じる生活から
解き放たれると思います。